2011年09月11日

9/10

前日の深夜に新宿を出発し、早朝に仙台につく。

定禅寺ストリートジャズフェスティバルを見に来た。

フェスまで時間があったので、ネットカフェで時間調整。
前日仕事後そのまま深夜バスで来ているので、シャワーをあび、少しだけ仮眠をとり、フェスの予定をたてる。

綾戸智恵(字が違うかも。)以外はしらん人ばっかり。
しってるからみておこうかなーと思ったくらいで、あとはジャンルわけされていて、そこらじゅうに点在しているステージを適当に見て回ることにした。

仙台の中心部は一見地震の影響から立ち直ったように見える。
いや、実際立ち直っている。

おそらく壁面の修復工事中のビルや、市の中心部でもテナントが出てしまっているところも見受けられるものの、概ね復旧している。

今回のジャズフェスも復興の象徴のひとつに違いない。



11時のフェス開始とともに街に繰り出す。

ほんとうにそこらじゅうから生演奏の音が聴こえてくる。
一人できているけれど退屈する暇もない。

ただ、こんなに大きなジャズフェスなのにお客さん達がジャズをしらないというか、マナーでもあると思うんだけれど、ソロが終わっても誰も拍手はしない。

拍手のタイミングは曲が終わったときだけのようだ。

たしかにクラシックでは、終わったと見せかけて楽章間では拍手をしなかったり、ジャズだとソロを回す度に拍手をしたりと、年に一度お祭りを見に来ているだけじゃわからない事も多いのかもしれない。

本来なら、良いソロなら「フゥー!」とかいいながら手をたたいたりしたいのだが、俺ひとりがやると何だかまぬけになってしまうほど、統率が取れた感じで皆がそうだから、したがうまで。

これだけの規模のジャズフェスティバルを毎年やっているのだから、そういうなんというか、普通にお客さんが反応して、演奏者とコミニケーションをとるような聴く側のスタイルが浸透すると良いと思う。


演奏は、アマチュアも多いし、ピンキリだ。

舌を巻くほどうまい人もいれば、へたくそな高校生がバンド演奏していたりもする。

しかし、へたくそだから見ていて、聴いていて楽しくないかといえば、そうではない。
逆もまたしかり。

良い演奏というのは、うまい演奏にあらず。

技術力は高いにこしたことはないのだが、うまいだけで面白くない奴も当然いる。

そういう意味では、どのステージもみんなが楽しそうに演奏していて、好感が持てた。


お祭り的な雰囲気で、30度を越す暑さと焼けるような日差しだったので、「昼間から外でビール」というのを実行してみた。

知っている人は知っていると思いますが、僕はお酒を基本的にはいっさいのまない。
年に数回飲むか飲まないかである。

とりあえず、牛タン塩焼きをつまみにビールも飲んでみたが、結局ビールは半分ほど捨てた。

人によってはこれ以上ない贅沢のようだけれど、僕にはあっていないようだった。


綾戸智恵のライブの時間が迫ってきてはいたが、予定を変更することにした。

生で聴いたらやっぱり迫力もあるだろうし、また違った印象なのだろうけれど、テレビで腐るほどながれてる「テネシーワルツ」なんか聴くより良い提案がもたらされたからである。


友人に車を出してもらい、沿岸部を見に行くことにした。

ニュースや動画では見ていたが、実際の景色を目の当たりにするのは違うから友人はなぜだか見ておいてほしいと。

正直な話、僕が見てもなにも変わりはしない。

ただ、僕は東京にいたけれども幼少期は仙台に住んでいたし、東京にいるほかの友人知人とは、同じ東京にいても温度感は違う。
見ておいても悪くない。

沿岸部とはいっても、車で10分強。
復興しているなと感じた市の中心部からそんなに離れているわけではない。

それでも、中心地から離れるにしたがって、間に合っていない部分が目に付くようになってくる。

ひしゃげたガードレール、浮き上がった歩道、ボコボコの車道。

さらに沿岸部へいくと、見渡す限りの草原である。

ただ、その草原を良く見れば、そこにあったはずの住宅の基礎が隙間なく敷き詰めてある。
草原のなかに車の残骸があったりする。

草原のように見えるところは、かつて建物があり、それが流され、形はのこっていても済めなくなった住居等は解体され、瓦礫が撤去され、その上を春がきて夏がきて、雑草が覆ったに過ぎない。

まだ解体されていない建物は、まさにニュースで見たような感じで1階部分が波にさらわれてスカスカになっている。

半年の月日がながれ、ある程度片付いた部分もあるだろうし、茶褐色の撒布系なけしきを緑が覆いはしたけれど、やはり異様な光景であった。

半年でまだこんな状態なのか、半年でもうこんな状態なのか。

僕にはそれを計るスケールがないからわからないけれど、今回の津波がいかに想像しがたい規模であったかは十分にうかがい知れる景色だった。

無論僕がいったあたりよりもさらにひどい津波が押し寄せたところも多々あったのだから、もう言葉がでない。

その後は、幼少期をすごしたあたりを見て回った。

小学生のころ自転車で走り回っていた、本当に近所である。

沿岸部ほどのショッキングな被害があるわけではない。

同じ被災者でも温度感が違うというのもうなずける。

沿岸部よりマシでも、記憶にのこっている景色、なじみの場所、そういったところに残る爪あとは、個人的には沿岸部よりもはるかにリアルだった。

これ以上はさしひかえるが、仙台でさえこんな有様で完全復興までにはまだまだたくさんの時間がかかる。
もっと被害の大きい地域は推して知るべし。

なかなかに貴重な体験ではあった。


その後は昔の友人に会ったり、はじめましてな人とほんの少しお酒をのんだりした。

俺が行くたびに顔をだしてくれる小学校の恩師、旧友たちには感謝。
みんな歳をとったけれども、変わっていない。


全体をとおしてみると、充実した一日になった。
もう一日仙台を満喫して帰ろうと思います。
posted by いったんもめん at 07:11| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary&Etc. | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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